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函館地方裁判所 昭和35年(行)3号 判決 1964年3月13日

原告 蝶野東郷

被告 福島町長

主文

被告が別表記載の各日時になした、福島町昭和三五年度追加予算(昭和三五年八月二七日議決成立)に基づく町税徴収員委託負担金(雑支出金)四六万四、〇〇〇円のうち別表記載の各金額合計二三万五、二四四円の支出をいずれも取消す。

被告は右町税徴収員委託負担金のうち右残額二二万八、七五六円の支出をしてはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求めた。

第二、原告の主張

一、原告は、北海道松前郡福島町の住民である。

福島町議会は昭和三五年八月二七日被告が提出した昭和三五年度追加予算を議決したが、右予算中には歳出として北海道町村会(以下単に町村会と略称する。)に対する町税徴収員委託負担金(雑支出金)(以下委託負担金という。)四六万四、〇〇〇円が計上されて居り、被告は右予算に基づき、別表記載の各日時に右金員のうち同記載の各金額合計二三万五、二四四円をそれぞれ支出し、更に残額二二万八、七五六円についても支出しようとしている。

二、しかしながら、被告の町村会に対する右の支出は次の理由により違法である。

(一)  前記町税徴収員委託負担金は、被告が昭和三五年八月二二日頃、町税の滞納整理にあたらせるため、町村会に対し町村税滞納整理員(町村会職員)の派遣を求め、町村会との間に右整理員が徴収した福島町町税(以下単に町税という。)の百分の五にあたる金額及び取扱件数一件につき一〇円の割合による金員を負担金として町村会に納入することを約し、町村会から派遣された町村税滞納整理員只木良一に滞納町税の徴収事務一切を委託したところ、同人が別表備考欄記載のとおり合計五、五一五件金三六〇万一、九〇六円の滞納町税を徴収したことによるものである。

(二)  けれども、町村会はその設立につき法令の根拠を有しない単なる申合せの団体にすぎないから私の団体であり、町村会職員只木良一は私人である。(1)もつとも、被告は昭和三五年八月二二日右只木を福島町事務吏員に任命したようであるけれども、右任命行為は同人の町税徴収が正当なものであるように見せかけるため仮装したもので、その効果意思を欠くから無効である。このことは、同人が町村会から給与の支給を受けて居り、福島町からは給与の支払を受けて居ないことによつても明らかである。(2)仮りに、被告が真に右同人を福島町事務吏員に任命したとしても、無給の職員を任命することは地方自治法第二〇四条第一項及び地方公務員法の規定に違反する。また、町村会職員を地方公共団体の職員に併任することは許されないし、更に右同人は松前郡松前町の職員にも任命されていたもので、同一人を二以上の地方公共団体の職員に併任することは地方自治法及び人事院規則において認められていない。従つて、右任命行為は無効であり、同人は福島町事務吏員ではない。(3)なお、町村会が地方自治法第二五二条の二第一項後段の「協議会」であり只木良一が地方公務員であるとの被告の主張は争う。仮りに、町村会が同条により設立されたものであるとしても、町村会は同条第二、三項の告示、届出及び議決がなされていないから、同条にいう「協議会」とはいえず、私の団体であることにかわりなく、只木は私人であるに過ぎない。

(三)  このように、被告が私人である右只木に滞納町税の徴収事務を委託した行為は、地方自治法第二四三条第三項の「普通地方公共団体は、公金の徴収の権限を私の団体若しくは個人に委託し、若しくはその権限をこれらの者をして行わせてはならない。」との規定に違反し、無効である。それゆえ右委託に対する報酬として同人の所属する町村会に対し前記委託負担金を支出することは、適法な原因を欠くものとして、公金の違法な支出であるといわなければならない。

三、そこで、原告は昭和三五年一一月一五日右委託負担金の支出について地方自治法第二四三条の二第一項により福島町監査委員に対し監査の請求をなし、同監査委員より同月二一日被告の右行為は適法である旨の通知を受けたが不服なので、同条第四項に基き、右委託負担金のうち既に支出した前記合計二三万五、二四四円の各支出の取消及び残額二二万八、七五六円の支出の禁止を求める。

四、本訴が地方自治法第二四三条の二に基く訴訟の対象となる事項にあたらないとする被告の主張は争う、公金の支出が町議会の議決に基くものであるからといつて、直ちに右支出が違法でないと解することはできないものである。

第三、被告の主張

一、原告主張の一、の事実は認める。

二、同二、の(一)の事実中、被告が昭和三五年八月二二日町村会に対し町村税滞納整理員の派遣を求め、町村会との間に原告主張のような約定をなしたこと、町村会から派遣された只木良一がその主張の件数及び金額の滞納町税を徴収したことは認めるが、被告が只木良一に滞納町税の徴収事務を委託したとの点は否認する。被告は右同人を昭和三五年八月二二日附をもつて福島町事務吏員に任命し、徴税吏員を命じたものであり、同人は福島町徴税吏員として町税徴収の事務に従事し、原告主張の町税を徴収したものである。同(二)の事実中、被告が只木を福島町事務吏員に任命したこと、同人が町村会から給与の支給を受け、福島町からは給与の支払を受けていないこと及び松前町の職員にも任命されていたことは認める、その余の事実は争う。町村会は地方自治法第二五〇条の二第一項後段の「協議会」であり、公の団体であるから、町村会職員の只木良一は地方公務員であつて私人ではない。もつとも、町村会につき、同条第二、三項の告示、届出及び議決がなされていないことは認めるが、この履践がなくとも協議会の設立は有効である。同(三)の事実は争う。被告は前記のように只木を福島町徴税吏員に任命し、町税の徴収にあたらせたものであり、私人たる只木に町税の徴収事務を委託したものではない。また、右町税の徴収は、只木が福島町徴税吏員としてなしたものであつて、町村会とは直接何んの関係もない。町村会は、北海道内の町及び村をもつて組織されている団体で、町村税の滞納整理事業として、滞納整理員を置き、町村の求めに応じ、右整理員を派遣し、町村税の滞納整理の事務に従事させているもので、右整理員の派遣を求めた町村は右整理員が徴収した税額の百分の五にあたる金額及び取扱件数一件につき一〇万円の割合による金員を事務費として町村会に納入するものとされているが、右事務費は町村会の前記滞納整理事業の経費に充てられるものであるから、その本質は町村会の会費である。被告は、原告主張のように、町村会に滞納整理員の派遣を求め、右整理員をして町税の滞納整理に従事させたので、町村会に対し前記委託負担金を支出し、及び支出しようとしているものである。このように、只木は福島町徴税吏員として町税を徴収したものであり、右委託負担金は町村会の会費なのであるから、右負担金の支出と只木の町税徴収との間には何ら対価関係が存しないものであり、右支出は公金の違法な支出にはあたらない。

三、同三、の事実は認める。

四、地方自治法第二四三条の二に基く訴訟の対象となる事項は、地方公共団体の監査委員の権限に属する事項に限られるものと解すべきところ、監査委員の権限は地方公共団体の長以下の執行機関の行為の適否、当否に限られ、議会の議決の当否に及ばないことは明らかであるから、被告の前記町税徴収員委託負担金の支出が福島町議会の議決した予算に基くものである以上、右支出の違法は、裁判所に裁判を求めることのできる違法にあたらないから、原告の本訴請求はこの点においても失当である。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、原告が北海道松前郡福島町の住民であること、福島町議会が昭和三五年八月二七日昭和三五年度追加予算を議決したが、右予算中には歳出として北海道町村会に対する町税徴収員委託負担金(雑支出金)四六万四、〇〇〇円が計上されて居たこと、被告は右予算に基づき、別表記載の各日時に右金員のうち同記載の各金額合計二三万五、二四四円をそれぞれ支出し、更に残額二二万八、七五六円についても支出しようとしていること、原告が右支出につき地方自治法第二四三条の二第一項により監査の請求をなしたことはいずれも当事者間に争がない。

被告は、地方自治法第二四三条の二に基く訴訟の対象となる事項は、地方公共団体の監査委員の権限に属する事項に限られるものと解すべきであり、監査委員の権限は議会の議決の当否に及ばないことは明らかであるから、右委託負担金の支出が福島町議会の議決した予算に基くものである以上、右支出の違法は裁判所に出訴することができる違法にあたらない旨主張する。けれども、議会の議決に基づく公金の支出についても、同条の訴訟によりその禁止、取消等を求めることができると解するのが相当である(最高裁判所昭和三一年(オ)第六一号昭和三七年三月七日大法廷判決、民集一六巻三号四四五頁)から、被告の右主張は採用できない。

二、そこで、進んで右委託負担金の支出が同条にいう「公金の違法な支出」にあたるか否かについて検討する。

(一)  成立に争のない乙第六、第七、第一〇、第一一、第一六、第一八号証及び弁論の全趣旨によれば北海道町村会は北海道内の町、村をもつて組織され、地方公共事業の円滑な運営と地方自治の振興発展を図ることを目的とする団体であるが、町村財政の健全を図るため、「北海道町村会滞納整理事業」という名称で、町村会に臨時滞納整理職員若干名を置き、町村長から求めがあるときは、右滞納整理職員を当該町村に派遣し、町村税の滞納整理に従事させて居り、当該町村長は右滞納整理職員が当該町村の町村税の滞納整理事務に従事中は臨時に当該町村の事務吏員に任用し、徴税吏員を命ずる、当該町村は滞納整理職員が徴収した税額の百分の五及び取扱件数一件につき一〇円の割合による金員を事務費として町村会に納付する、右滞納整理事業の収支は町村会の特別会計として処理することなどと定められていることが認められる。そうして、被告が昭和三五年八月二二日町税の滞納整理にあたらせるため、町村会に対し、町村税滞納整理員の派遣を求め、町村会との間に右整理員が徴収した税額の百分の五にあたる金員及び取扱件数一件につき一〇円の割合による金員を負担金として町村会に納入することを約したこと、町村会から町村税滞納整理員只木良一が福島町に派遣され、同人が別表備考欄に記載のとおり合計五、五一五件金三六〇万一、九〇六円の福島町町税を徴収したこと、右整理員只木は町村会から給与の支給を受け、福島町からは給与の支払を受けていないことはいずれも当事者間に争がない。

以上の事実によれば、被告は形式上はともかくとして、実質上は町税の徴収の権限を町村会に行わせたものといわざるを得ない。被告は、右只木を昭和三五年八月二二日附をもつて福島町事務吏員に任命し、徴税吏員を命じたものであり、同人は福島町徴税吏員として町税徴収の事務に従事し、徴税をしたものであるから、同人の町税徴収は町村会とは直接何んの関係もない旨を主張するけれども、右のような事実関係の下においては、被告が同人を福島町徴税吏員に命ずる旨の発令をしたとしても、被告は町村会に町税の徴収の権限を行わせたものというを妨げるものではなく、右整理員只木の町税徴収は町村会と直接何んの関係もないということは到底できないものである。

(二)  そこで、被告が町税徴収の権限を町村会に行わせることの法律上の適否について考えてみる。

地方自治法第二四三条第三項によれば、「普通地方公共団体は公金の徴収の権限を私の団体をして行わせてはならない。」旨が定められているところ、原告は町村会はその設立につき法令の根拠を有していない単なる申合せの団体であるから私の団体であると主張し、被告は町村会は地方自治法第二五二条の二第一項後段の「協議会」であるから公の団体であると抗争する。けれども、地方税の徴収につき、地方公共団体の長は、法令に規定のある場合を除き、その権限を他の者に委任し、若しくは他の者に行わせることは許されないのであるから、右法条の規定から直ちに地方公共団体は私の団体以外の公共団体に公金の徴収の権限を行わせることができると解することはできない。そうして、町村会をして右公金の徴収の権限を行わせることを認めた実定法は見当らないから、町村会が私の団体であるか、公の団体であるかにかかわりなく、被告が町村会に右権限を行わせることは違法であるといわざるを得ない。

(三)  そうして、町村会に対する前記委託負担金は、前記のように被告が町村会に町村税滞納整理員の派遣を求め、町村会から派遣された右整理員只木良一をして滞納町税の徴収事務に従事させ、同人が徴収した税額の百分の五及び取扱件数一件につき一〇円の割合による金員を同人の所属する町村会に納入するものであるから、右委託負担金は被告が町村会に町税徴収の権限を行わせたことの対価として町村会に納入されるものであるというべきである。被告は、右委託負担金は滞納整理員の派遣を求めた町村が、事務費として町村会に納入するもので、その本質は町村会の会費であり、右整理員只木の町税の徴収との間に何ら対価関係が存しない旨を主張するけれども、右委託負担金は町村会に加入の町、村のうち、滞納整理員の派遣を求め、滞納町村税の徴収事務に従事させ、徴税させた町村だけが、右基準によつて算出された金額を町村会に納入するものである以上、右負担金の本質が町村会の会費であるか否かにかかわりなく、右町村が町村会に町村税の徴収の権限を行わせたことの対価として出捐されるものといわなければならず、被告の右主張は失当である。

(四)  そうすると、被告が町村会に滞納整理員の派遣を求め、同整理員只木良一を滞納町税の徴収事務に従事させ、徴税させたことは、町村会に町税の徴収の権限を行わせたものとして違法であるから、この対価として町村会に対し前記町税徴収員委託負担金を支出することは、適法な原因を欠く支出として地方自治法第二四三条の二にいう「公金の違法な支出」にあたるものといわざるを得ない。福島町議会が、右委託金の支出を議決したからといつて、右違法な支出が適法な支出となるものでないことはもとより当然である。

三、以上の次第で、被告が別表記載の各日時になした前記委託負担金のうち別表記載の各金員合計二三万五、〇〇〇円の支出の取消及び残額二二万八、七五六円の支出の禁止を求める原告の本件請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長利正己 大西勝也 菅原晴郎)

別表

年月日

金額

備考

1

昭和三五年一一月六日

四万九、三六四円

昭和三五年九月分・取扱件数九五四件・徴収金額七九万六、八四九円(以下同じ。)

2

同年一一月一五日

一八円

(同年九月分の不足分、追加払)

3

同年一二月二七日

五万二、八五二円

同年一〇月分・一、四五九件・七六万五、二四九円

4

同年一二月二七日

三万一、四四三円

同年一一月分・八三一件・四六万二、六五五円

5

同三六年一月二三日

八万八、五八二円

同年一二月分・二、〇二五件・一三六万六、六五一円

6

同年三月七日

一万二、九八五円

同三六年一月分・二四六件・二一万五〇二円

合計

二三万五、二四四円

五、五一五件・三六〇万一、九〇六円

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